こころの健康について ①


感情が安定していればこころは健康?

 以前、看護学校で精神保健の講義を担当していたことがあります。精神保健という言葉はなじみがうすいかもしれませんが、英語でいえば「メンタルヘルス mental health」、つまり「こころの健康」のことです。

 学生にこころの健康のイメージを尋ねると、いろいろな回答がかえってきます。こころも健康も実体のない抽象概念なので、イメージするものは人それぞれな面がありますが、その中で一番多かった回答は、「感情が安定していること」というものでした。

 情緒不安定という言葉もありますし、双極性障害のように気分の大きな波が繰り返し生じる精神疾患もあるため、感情が安定していることは、たしかにこころの健康のひとつのイメージといえるかもしれません。

 しかし、臨床の場では、ある意味で感情が安定しすぎている人と出会うことがあります。何かに夢中になったり、人を好きになったりするような生き生きとした体験を持つことが難しい人たちです。

 何かを達成しても喜びや満足感が得られないとか、大切な人との別れの場面でもどこか人ごとのようにその状況を見ている自分がいるといったように、強い感情体験が伴うような場面でも気持ちが動かないというのです。こうしたこころのあり様が生じる背景は様々で、一概には言えませんが、感情を抑え込む傾向が極度に強い人に見られやすいように思います。

 気持ちが動かないことは、強い落ち込みや不安を回避しやすくするかもしれませんが、喜びや感動といった人生を彩る体験を味わうことを難しくもしてしまいます。感情が安定していること自体は大事なことですが、そこだけにフォーカスしてしまうと、違った形のこころの不健康が生じてしまうといえるかもしれません。

こころの健康とは

 それでは、あらためてこころの健康とはなにか、厚生労働省のWebサイトの該当部分( https://www.mhlw.go.jp/www1/topics/kenko21_11/b3.html# )を参照してみましょう。

 「こころの健康とは、世界保健機関(WHO)の健康の定義を待つまでもなく、いきいきと自分らしく生きるための重要な条件である」と冒頭に記載されています。そして、その具体的な要素として、自分の感情に気づいて表現できること(情緒的健康)、状況に応じて適切に考え、現実的な問題解決ができること(知的健康)、他人や社会と建設的でよい関係を築けること(社会的健康)、人生の目的や意義を見出し、主観的に人生を選択すること(人間的健康)をあげています。

 先ほど例にあげた「感情が安定していること」は、「情緒的健康」に関わるといえます。しかし、ここで大事なのは感情が「安定している」ことではなく、自分の感情に「気づいて表現できる」ことだというところです。生き生きとした体験をもつことが難しい人の多くは、自分の感情に気づきづらくなっていたり、それを自然に表出することができなくなっていたりします。

 さらに、状況に応じた感情を体験できないことで適切な問題解決が難しくなったり、人と親密な関係をもつことに困難が生じたり、人生の目的や意味がわからなくなってしまったりすることも多く、「知的健康」、「社会的健康」、「人間的健康」も損なわれてしまっているともいえそうです。

 このようにこころの健康は様々な要素から構成されると同時に、個々の要素が密接につながっているものだともいえます。情緒的健康、知的健康、社会的健康、人間的健康の4つの要素について、折に触れて日々の生活を振り返ってみるのもよいかもしれません。

おわりに

 今回は、こころの健康について多くの人がもっているイメージと、一般的な定義について取り上げました。ここまでの話をふまえたうえで、次回は私の考える「こころの健康」について書いてみたいと思います。


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